横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)28号 判決 1980年12月17日
原告 山口栄治郎
被告 藤沢税務署長
代理人 石井宏 水庫信雄 ほか五名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和四七年一二月二〇日付でなした、原告の昭和四四年分所得税に関する藤所特第三一七七号の更正処分のうち税額二八万七七〇〇円をこえる部分、昭和四五年分所得税に関する藤所特第三一七九号の更正処分のうち税額五一万四一〇〇円をこえる部分、昭和四六年分所得税に関する藤所特第三一七八号の更正処分のうち税額七〇万四九〇〇円をこえる部分を、いずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、ガソリンスタンドの経営及び不動産賃貸等を営む者で、昭和四三年分以降について被告から青色申告書による申告の承認を受けているものであるが、被告に対し、昭和四四年分ないし昭和四六年分の各所得税について、昭和四四年分は昭和四五年三月一六日に確定申告を、昭和四五年分は昭和四六年三月一五日に確定申告を、昭和四六年分に昭和四七年三月一五日に確定申告、同年一一月二〇日に修正申告を、それぞれ別表一の各確定申告欄及び修正申告欄のとおりした。
2 これに対し、被告は、原告の昭和四四年分ないし昭和四六年分の各所得税について、いずれも昭和四七年一二月二〇日付で別表一の各更正欄記載のとおりの更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をなした。
3 原告は、右各処分を不服として、昭和四八年一月二三日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、同所長は、同年八月一四日付でこれを棄却する旨の裁決をした。
4 しかしながら、本件各更正処分は、不動産所得の金額について、減価償却費のうち、割増償却額の必要経費への算入を否認した結果、原告の所得金額を過大に認定した違法がある。
よつて、請求の趣旨記載(後記五の1(四)記載の税額をこえる部分の取消)の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4は争う。
三 被告の主張
1 鉄筋コンクリート造り建物の減価償却費について
(一) 原告は、昭和四〇年一二月一七日、かねて所有していた藤沢市鵠沼八部四二三六番の一田二畝二〇歩、同四二三六番の二畑二七歩及び同四二三八番の一田二畝二七歩の各農地(取得価額合計一万六九二〇円)を、五八二万円で訴外斎藤常太郎に売渡し、同日三〇〇万円を、昭和四一年八月一一日二八二万円をそれぞれ受領し、また、昭和四二年六月一五日、その所有にかかる藤沢市鵠沼八部四一九二番田二畝九歩、同四一九六番田三畝二七歩及び同四一七八番畑六畝五歩の各農地(取得価額合計二万九七九〇円)を、一三九〇万二〇〇〇円で訴外上田吉五郎に売渡し、昭和四二年七月ころ、藤沢市本鵠沼三丁目九番地に、右各譲渡代金合計一九七二万二〇〇〇円と住宅金融公庫からの借入金等五六八二万九〇二一円との合計七六五五万一〇二一円で、別紙目録(一)の建物(世帯数三九戸の賃貸アパート、以下「本件建物」という。)を建築した。
(二) 原告は、昭和四一年分及び昭和四二年分の所得税の各確定申告に際し、右の昭和四一年中に譲渡した各農地については、租税特別措置法(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの、以下「旧措置法」という。)三八条の六第三項の、昭和四二年中に譲渡した各農地については、同法三八条の六第一項の各規定の適用を受けたので、それぞれ所得税法(昭和四四年法律第一四号による改正前のもの。)三三条による譲渡所得は発生しない旨の申告をした。なお、原告は、右各確定申告書に買換資産の適用を受ける建物として、区分登記前の本件建物を表示して申告をした。
(三) 原告は、さらに、本件建物は、旧措置法一四条の規定にも該当するものとして、昭和四二年分以降の不動産所得の金額について、次のとおり、本件建物につき同条を適用した割増の減価償却額を必要経費に算入したうえ、所得税の確定申告及び修正申告をした。
(1) 昭和四二年分
取得価額76,551,021円×0.9(注1)×償却率0.016(耐用年数65年)×使用期間6/12(7月から12月まで)×400/100(注2)=2,204,668円
(注1)減価償却の方法は、所得税法施行令(昭和四二年政令第一〇五号による改正後のもの。)一二〇条一項一号イに掲げる定額法である(以下同じ。)。
耐用年数及び償却率及び残存価額(〇・九)は、それぞれ減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)の別表第一、別表第一〇及び別表第一一による(以下同じ。)。
(注2)旧措置法一四条
(2) 昭和四三年分
取得価額76,551,021円×0.9×償却率0.016(耐用年数65年)×使用期間12/12×300/100(注)=3,307,002円
(注)原告は、一〇〇分の四〇〇のところを一〇〇分の三〇〇と計算したものである。
(3) 昭和四四年分
(イ) 旧措置法三八条の六第一項適用分
取得価額46,710円(注)×0.9×償却率0.016(耐用年数65年)×使用期間12/12=6.72円
(注)取得価額四万六七一〇円は同法三八条の八第一項三号の旧取得価額である(以下同じ。)。
(ロ) 右以外の分
取得価額56,829,021円(注)×0.9×償却率0.016(耐用年数65年)×使用期間12/12×400/100=3,273,348円
(注) 取得価額五六八二万九〇二一円は本件建物の取得価額七六五五万一〇二一円から譲渡資産(農地)の譲渡による収入金額一九七二万二〇〇〇円を控除したものである(以下同じ。)。
(ハ) 合計((イ)+(ロ)) 三二七万四〇二〇円
(4) 昭和四五年分
(イ) 旧措置法三八条の六第一項適用分
取得価額46,710円×0.9×償却率0.017(耐用年数60年)×使用期間12/12=714円
(ロ) 右以外の分
取得価額56,829,021円×0.9×償却率0.017(耐用年数60年)×使用期間12/12×400/100=3,477,936円
(ハ) 合計((イ)+(ロ)) 三四七万八六五〇円
(5) 昭和四六年分
昭和四五年分と同じである。
(四) ところで、納税者が旧措置法三八条の六第一項及び第三項の適用を受けるか否かは、その納税者の選択に任されており(旧措置法三八条の六第四項)、また、右の規定の適用を受けようとする者は、譲渡資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、右の規定の適用を受けようとする旨を記載し、さらに、買換資産の登記簿謄本等を当該確定申告書提出の日までに納税地の所轄税務署長に提出しなければならないとされている(旧措置法三八条の六第四項、第五項、三一条第六項、同法施行令(昭和四三年政令第九七号改正前のもの。)二五条の六第八項、同法施行規則(昭和四四年大蔵省令第二六号改正前のもの。)一八条の四第二項、第三項。)。
(五) そうして、旧措置法三八条の八第二項において準用する同法三八条の五第二項によれば、個人が同法三八条の六第一項又は第三項の規定の適用を受けた場合には、買換資産については、重ねて同法一四条の規定を適用することはできない。
したがつて、原告は、前記(二)のとおり、旧措置法三八条の六第一項及び第三項の規定の適用を選択したのであるから、買換資産である本件建物については、重ねて同法一四条の規定を適用して割増の減価償却費を必要経費に算入することはできない。
そうすると、本件建物の減価償却費は、旧措置法三八条の八第一項三号の規定によることとなり、これによる昭和四四年分から昭和四六年分までの減価償却費は次の各(イ)記載の額となり、原告の申告に係る額との差額は次の各(ロ)記載の額となる。
(1) 昭和四四年分
(イ) 減価償却費 八七万〇一九八円(以下同じ。)
取得価額56,875,731円(注)×0.9×0.017(耐用年数60年)×使用期間12/12
(注) 旧措置法三八条の八第一項三号により、次の計算式によつてえられた額。
譲渡資産の旧取得価額46,710円+(買換資産の取得価額76,551,021円-譲渡資産の譲渡による収入金額19,722,000円)=56,875,731円
(ロ) 原告の申告との差額 二四〇万三八二二円
3,274,020円-870,198円=2,403,822円
(2) 昭和四五年分
(イ) 減価償却費 八七万〇一九八円
(ロ) 原告の申告との差額 二六〇万八四五二円
3,478,650円-870,198円=2,608,452円
(3) 昭和四六年分
(イ) 減価償却費 八七万〇一九八円
(ロ) 原告の申告との差額 二六〇万八四五二円
昭和四五年分と同じ。
以上により、昭和四四年分ないし昭和四六年分の所得について、被告は、右各(ロ)の差額を必要経費として否認したものである。
2 本件各更正処分は、原告が昭和四四年分ないし昭和四六年分の不動産所得額の計算において必要経費として計上した右鉄筋コンクリート造り建物の減価償却費の一部を前記のとおり否認したことによるものであり、原告の右各年分の所得税の確定申告、修正申告及び被告のなした本件各更正処分の内訳は、別表一のとおりであり、そのうちの不動産所得の計算関係は、別表二の(一)ないし(三)のとおりである。そして、右別表二の(一)ないし(三)記載の原告の各申告及び被告のなした本件各更正処分における減価償却費の計算は、別表三、四のとおりである。別表二の(一)ないし(三)の減価償却費の金額は、別表三、四の建物の減価償却費と什器備品の減価償却費の合計額である。
以上のとおりであるから、被告のなした本件各更正処分は適法である。
四 被告の主張に対する認否
1(一) 被告主張の1(一)ないし(三)の各事実は認める(なお、(二)の事実中、原告が昭和四一年分、昭和四二年分の各確定申告書に買換資産の適用を受ける建物として区分登記前の本件建物を表示して申告したことについては、原告において明らかに争わない。)。
(二) 同(五)の主張は争う(ただし、本件建物の償却率が〇・〇一七であることは認める。)。
2 被告主張2のうち、不動産所得の金額に関する更正処分の部分を除く、その余の部分は認める。
被告主張の税額、不動産所得の金額、本件鉄筋コンクリート造り建物の減価償却の計算関係は争う。
五 原告の反論
1 旧措置法一四条の適用
(一) 本件建物は、三九戸の独立した建物の集合体であり、完成した建物として原告に引渡された当時より区分所有可能の不動産であり、原告は当初より区分所有の意思を有していた。原告は本件建物につき当初、一戸の共同住宅として保存登記を経由したが、これは、本件建物が賃貸アパートであるため便宜上なされたにすぎず、また、登記は、単に第三者への対抗要件であるので、これをもつて、原告に区分所有の意思がなかつたものとなすことはできない。
(二) 右のように、本件建物は、三九戸の独立した建物の集合体であるので、課税に際しては、三九戸の建物として取扱われるべきである。仮に納税者の申告において計算方法がまちがつていても、更正処分の際には、納税者間に不公平のないよう、納得のゆく税額が決められるべきである。そこで、本件各更正処分においては、課税の基礎となる本件建物が、三九戸の建物である点を考慮に入れて、事業用資産の買換の特例を受ける建物と、新築貸家住宅の割増償却の特例を受ける建物とに区分して計算し、税額を決めるべきである。それが、原告代理人税理士訴外椎野嘉典の意思にも合致し、原告にとつても公平を失することのない税負担となる。
(三) 右の立場によると、原告の負担すべき税額は次のとおりである。
(1) 本件建物のうち、区分登記後の別紙目録(二)(以下同じ。)の家屋番号五九三六番一の一より同番一の一〇までの各建物は、旧措置法三八条の六に規定する事業用資産の買換資産とみるべきである。
(イ) その取得価額は、二〇〇五万九一四六円となる。
取得価額は、右一〇戸分の建築費であり、次の計算式のとおりである。
(76,551,021円÷1,809.96m2(注1)×{1,809.96m2×(345.28m2(注2)÷1,317.68m2(注3))}=20,059,146円
(建物全体の総工費と総面積から一平方メートル当りの工費を算出し、右一〇戸の面積を乗ずる。)
注1 五九三六番一の建物の登記簿上の総面積
注2 五九三六番一の一ないし一〇の建物の登記簿上の総面積
注3 五九三六番一の一ないし三九の建物の登記簿上の総面積
(ロ) 旧措置法三八条の八第一項三号の規定を適用した減価償却費は、各年分とも五八七二円となる。
取得価額383,865円(注)×0.9×0.017(耐用年数60年)=5,872円
注 旧取得価額46,710円+(20,059,146円-19,722,000円)=383,856円
旧措置法三八条の八第一項三号の規定による。
(2) 本件建物のうち、家屋番号五九三六番一の一一より同番一の三九までの各建物は、旧措置法一四条の規定する新築貸家の割増償却の特例が適用される。
(イ) 取得価額 五六四九万一八七五円
76,551,021円-20,059,146円(右(1)の建物の価額)=56,491,875円
(ロ) 減価償却費は、各年分とも三四五万七三〇二円である。
56,491,875円×0.9×0.017×400/100=3,457,302円
(3) 昭和四四年分ないし昭和四六年分の各減価償却費は、三四六万三一七四円((1)(ロ)5,872円+(2)(ロ)3,457,302円)となり、原告の申告は、昭和四四年分については、申告よりさらに一八万九一五四円を必要経費として控除すべく、昭和四五年分、昭和四六年分については、一万五四七六円だけ必要経費として控除しすぎていたことになる。
(四) そうすると、昭和四四年分の課税総所得及び税額は原告の申告より少なく、昭和四五年分及び昭和四六年分の各課税総所得及び税額は、次のとおりとなる。
課税総所得 税額
昭和四五年分 一七四万七〇〇〇円 五一万四一〇〇円
(税額には課税短期譲渡所得に係る税額も含む。)
昭和四六年分 三六八万三〇〇〇円 七〇万四九〇〇円
よつて、昭和四四年分の税額については、本件更正処分(藤所特第三一七七号)のうち、原告の申告税額二八万七七〇〇円をこえる部分、昭和四五年分の税額については、本件更正処分(藤所特第三一七九号)のうち、五一万四一〇〇円をこえる部分、昭和四六年分の税額については、本件更正処分(藤所特第三一七八号)のうち、七〇万四九〇〇円をこえる部分は、いずれも違法というべきである。
2 禁反言の法理の適用
(一)(1) 原告の代理人訴外椎野嘉典税理士は、昭和四三年二月下旬ころ、東京国税局所得税課審理係に、本件建物建築の経過と建築費捻出方法を詳細に説明して、不動産所得の計算について指示を仰いだところ、本件においては、買換資産の特例のほか、割増償却の特例も受けられるであろうから、そのように計算して申告せよとの指導を受けた。
(2) そこで、右椎野税理士は、右指導に基づき、原告の昭和四二年分ないし昭和四六年分の各所得税の申告をなした。
右指導は、納税者の公平を考慮した判断であつたことは確かである。
(二) かかる場合、たとえ納税者の申告に一見特例の二重適用とみられる誤りがあつたとしても、その更正決定の際には、納税者が税負担の公平を考慮した東京国税局の具体的判断にしたがつて申告をしたものであることを留意し、納税者の意図をくんだ計算方法を工夫して、更正処分をすべきものである。
しかるに、被告は、右のような計算方法の工夫を何らせずに、本件各更正処分をなしたものであり、禁反言則に反する。
六 原告の反論に対する認否及び被告の再反論
1(一) 原告の反論1の(一)のうち、原告が本件建物につき、一戸の共同住宅として保存登記を経由したこと及び本件建物が賃貸アパートであることは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同(二)ないし(四)の各主張は争う。
(三) 区分所有が成立するためには、一棟の建物に構造上区分された数個の部分で、独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用に供することができるものがあることに加えて、所有者の各別の建物とする意思が必要である。
しかも、この意思が外部に表明されたとき、すなわち、一棟の建物が同一人の所有に属するときは、区分建物の表示登記がなされたとき、又は建物の一部を処分したときに、区分所有が成立すると、解すべきである。
本件建物は、昭和四二年九月七日、一棟を一個の建物として保存登記がなされたものであり、区分登記がなされたのは、昭和四八年一一月六日である。したがつて、区分所有が成立したのは、昭和四八年一一月六日というべきで、本件建物の取得当時はもちろん、昭和四四年分ないし昭和四六年分の各所得税の確定申告当時(昭和四六年分については修正申告時)及び本件各処分時には、本件建物は区分所有の対象ではなく、一棟の建物全体が一つの資産であつた。
それ故、本件建物につき買換資産部分と割増償却の適用の認められる部分とを分けることはできないのである。
2(一) 同2(一)(1)の事実及び同(2)のうち、椎野税理士の申告が東京国税局所得税課審理係の指導に基づいてなされたことは、否認する。
(二) 同(二)の主張は、争う。
(三) なお、仮に、原告主張のような指導があつたとしても、単なる意見もしくは意向の表示に過ぎず、禁反言則が適用される事実の表示には当たらず、また、禁反言則の適用を認めるとかえつて違法な結果を生ずるような場合には、その適用は否定されると解すべきである。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 被告主張の1(一)(二)の事実は当事者間に争いがない(なお、原告が昭和四一年分及び昭和四二年分の所得税の各確定申告書に、買換資産の適用を受ける建物として、区分登記前の本件建物を表示して申告をしたことは被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。)。
三 原告が、本件建物は、旧措置法一四条の規定にも該当するものとして、昭和四二年分以降の不動産所得の金額について、被告主張1(三)のとおり本件建物につき同条を適用した割増の減価償却額を必要経費に算入して、所得税の確定申告及び修正申告をしたことは当事者間に争いがない。
四 旧措置法三八条の六第四項の規定によれば、納税者が旧措置法三八条の六第一項及び第三項の適用を受けるか否かは、その納税者の選択に任されており、また、右規定の適用を受けようとする者は、譲渡資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、右規定の適用を受けようとする旨を記載し、さらに、買換資産の登記簿謄本等を当該確定申告書提出の日までに納税地の所轄税務署長に提出しなければならないとされている(旧措置法三八条の六第四項、第五項、三一条第六項、同法施行令(昭和四三年政令第九七号改正前のもの)二五条の六第八項、同法施行規則(昭和四四年大蔵省令第二六号改正前のもの)一八条の四第二項、第三項)。
五 そうして、旧措置法三八条の八第二項において準用する同法三八条の五第二項によれば、個人が同法三八条の六第一項又は第三項の規定の適用を受けた場合には、買換資産については、同法一四条の規定を適用することはできない旨定められている。
したがつて、原告は前示のとおり、旧措置法三八条の六第一項及び第三項の規定の適用を選択したのであるから、買換資産である本件建物について重ねて同法一四条の規定を適用して割増の減価償却費を必要経費に算入することはできない筋合いである。
六 ところで、原告は、本件訴訟において、本件建物のうち家屋番号五九三六番一の一ないし一〇の各建物について、旧措置法三八条の八第一項の、家屋番号五九三六番一の一一ないし三九の各建物について、旧措置法一四条の適用をなすべきであると主張するので、検討することとする。
原告が本件建物につき、当初一戸の共同住宅として保存登記を経由したこと及び本件建物が賃貸アパートであることは当事者間に争いがない。
およそ、一棟の建物は一個の所有権の客体となるのが原則(一物一権主義)であつて、一棟の建物につき区分所有が成立するためには、建物の各部分が独立の構造を有し、区分された数個の部分で、独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用に供することができるだけでは足りず、その各部分が所有権の客体として、取引上、別個の物とされることが必要で、その前提として、所有者の各部分を各別の建物とする意思が必須の要件であるところ、右意思は客観的に外部から認識され得るものでなければ別個の物として取引の対象となり得ないから、一棟の建物が同一人の所有に属するときは、右意思を客観的に認識しうるものとして区分建物の表示登記又はその保存登記がなされることを要すると解すべく、右登記が経由されない限り同一人の所有に属する一棟の建物は一個の建物であると解するのが相当である。
ところで、本件建物は前示のとおり賃貸アパートであるが、<証拠略>によれば、本件建物については、昭和四二年九月七日、同年八月九日新築を原因として共同住宅、鉄筋コンクリート造陸屋根六階建三三三・六〇平方メートル、二階ないし五階各三六六・〇八平方メートル、六階一二・〇四平方メートルの一棟の建物として、原告のために所有権保存登記が経由されていたところ、昭和四八年一一月六日に至りはじめて、三九戸の居宅として右共同住宅から区分の登記がなされ、いずれも原告のための所有権保存登記がなされたものであることが認められ、原告の本件建物取得当時はもちろん、原告の昭和四四年分ないし昭和四六年分の各確定申告及び修正申告当時、並びに本件各処分時には、いずれも本件建物は一棟の建物として登記された一個の建物であつたというべきである(ちなみに、原告が昭和四二年分及び昭和四三年分の所得税確定申告に当つては、本件建物を一棟の建物として、旧措置法一四条による割増の減価償却をし、これを必要経費に算入して申告していること当事者間に争いがない。)。
そうすると、本件建物が、原告において新築取得した当初から三九戸の区分所有の目的となる建物であつたことを前提として、旧措置法三八条の八第一項のほか、同法一四条の規定をも適用すべきであるとする原告の主張は、理由がない。
なお、原告は仮に納税者の申告がまちがつていても、納税者間に不公平がないよう納得のゆく税額が決められるべきであると主張するが、全く独自の見解であつて、採用のかぎりでない。
七 次に、原告の禁反言の法理の適用がなさるべきであるとの主張について判断する。
<証拠略>は、すべて税理士椎野嘉典の伝聞供述であるところ、<証拠略>によれば、昭和四三年二月下旬ころ自己の職業、身分は名のらず、電話で東京国税局所得税課審理係の係官に、「アパートを取得したのだが、取得総額に占める持出額の割合が四分の三近くになつているので、その持出額に対する割増償却を認めてもらえないものだろうか。救済してもらえると納税者は助かるのだが。」との趣旨のいわゆる税務相談をなしたところ、同係官は氏名等を告げることもなく「一応申告しておいて下さい。」と答えたというのであつて、割増償却が認められることを了承ないし約束し、その旨の申告を指導したものでないことはもとより、責任ある税務当局の担当官として公式見解を表明したものでもないことが窺える。かりに国税局係官の右言辞に影響されたとしても、右税務相談は昭和四二年分の所得の申告に関するものであることが明らかで、爾後の年の所得の申告についてまで割増償却の可能性を洩らしたものとは到底解せられない。<証拠略>中「こういうケースの場合、はつきりと認められるよう国税庁の方へ取扱方を進言中であるとの話も伺つた。」旨の記載は<証拠略>に照らして信用しがたく、その余の記載も右認定に牴触するものではない。そうすると<証拠略>も原告の右主張を認めるに足りる証拠とはならない。
なお、<証拠略>によれば、椎野嘉典税理士は昭和四二年分及び昭和四三年分の各確定申告においては、本件建物全体(取得価額七六五五万一〇二一円)につき旧措置法一四条の割増償却をなしたうえで、不動産所得の申告をなしていることが認められ、右椎野税理士は前記国税局係官との税務相談の結果に従つたものでもないことが認められる。
そうすると、原告の禁反言の法理の適用がなされるべきであるとの主張も、その前提においてこれを認め難いから、右国税局係官の言辞の効力について判断するまでもなく採用のかぎりでない。
八 そこで、旧措置法三八条の八第一項三号の規定を適用して、昭和四四年分ないし昭和四六年分について、本件建物の減価償却費を計算すると次のとおり八七万〇一九八円となる。
(1) 取得価額 五六八七万五七三一円
譲渡資産の旧取得価額46,710円+(買換資産の取得価額76,551,021円-譲渡資産の譲渡による収入金額19,722,000円)=56,875,731円
(2) 減価償却費 八七万〇一九八円
取得価額56,875,731円×0.9×償却率0.017(耐用年数60年)×使用期間12/12=870,198円
(償却率については、当事者間に争いがない。)
したがつて、本件建物の減価償却費としては、八七万〇一九八円のみを計上すべきこととなる。
そうすると、前示原告の申告にかかる減価償却額(当事者間に争いがない。)との差額は、次のとおりになる。
(1) 昭和四四年分 二四〇万三八二二円
3,274,020円-870,198円=2,403,822円
(2) 昭和四五年、昭和四六年分 二六〇万八四五二円
3,478,650円-870,198円=2,608,452円
そうして、昭和四四年分ないし昭和四六年分の不動産所得について、原告の各申告と被告のなした本件各更正処分の計算関係(別表二の(一)ないし(三)、同表三、四)は当事者間に争いがなく、本件各更正処分の本件建物の減価償却費以外の計算関係については当事者間に争いがない。したがつて、右原告の申告にかかる減価償却額との差額を、各年分の原告の申告にかかる不動産所得の金額(当事者間に争いがない。)に加えた額、すなわち、
昭和四四年分 三五九万八一八七円
1,194,365円+2,403,822円=3,598,187円
昭和四五年分 四二一万三八九四円
1,605,442円+2,608,452円=4,213,894円
昭和四六年分 五七〇万三六一〇円
3,095,158円+2,608,452円=5,703,610円
が原告の右各年分の不動産所得の額であるというべきである。
九 原告の昭和四四年分ないし昭和四六年分の所得税の確定申告、修正申告及び被告のなした本件各更正処分の内訳(別表一)は当事者間に争いがなく、不動産所得の金額を除くその余の所得、すなわち、営業所得金額、農業所得金額、総合譲渡所得金額、分離短期譲渡所得金額、並びに課税短期譲渡所得に係る所得税額については、当事者間に争いがない。
一〇 以上によれば、昭和四四年分ないし昭和四六年分について本件建物の減価償却費を八七万〇一九八円として不動産所得の金額を算出し、原告の申告にかかる減価償却額との差額、昭和四四年分につき二四〇万三八二二円、昭和四五年分、昭和四六年分につき各二六〇万八四五二円を、原告の申告にかかる各年分の不動産所得の金額に加えた額、昭和四四年分三五九万八一八七円、昭和四五年分四二一万三八九四円、昭和四六年分五七〇万三六一〇円が、それぞれ原告の不動産所得の額となるとする被告の本件各更正処分は適法である。
よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄 三宅純一 竹内民生)
別表一ないし四及び目録 <略>